008 - 地道な努力


地道に努力することの重要性について。大切な作業は大体地味で遅い。時間がかかることばかりだ。自分の生活を見直しても、地味だな。という感想しかない。金をかけた華やかな生活もいいが、リスクがある。単純に金がかかることと、金を持っていることが世間に周知されれば、それを維持しなければメンツが保てない。お淑やかに生きることは金もかからないし、周囲に変なイメージをつけずに済む。若いうちは目立つなというが、本当にそうで、思想や金の地盤が固まってない状態で行ったことは、大抵今後の自分の首を絞める。

若いうちに売れたり金持ちになることには憧れがあるが、それは本当に一握りの才能と運と努力がないと成り立たないことで、願って叶うようなものではない。それよりは継続すること、努力し続ける状態を保つこと。そっちの方が大切なんじゃないかと思う。大抵の人間は続けることが難しくて、成功できなければ負け。途中で諦めるという選択肢がある。俺はそうは思わない。諦めるという選択肢がまずなくて、ただ生活の一部としてアートだったりをしていくだけ。そういうスタンスが一番強いと思うのだ。

外部のモチベーションに頼ってしまうと、それを失った時に崩れる。金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、そういうモチベーションは確かに大事ではあるけど、第一目標にするとメンタルが不安定になる。スタンスもズレる。流行を追うためにひたすらアートのスタイルを変えてるアーティストにファンなどつかない。アートは一つの宗教であり、思想であり、ブレてはいけないものなのだ。

夢追い人という存在が理解できない。夢は追うものではなく、寄り添うものだと思うのだ。確かに叶わない夢を追うことに熱狂する人たちがいるのもわかるし、それを応援することが楽しいのもわかるが、俺はあまり納得がいかない。きっと叶えることに意味などなくて、叶える過程に命を燃やしてること自体に意味があるのではないか。であれば命を燃やしていれば夢でなくたっていいと思うのだ。地味な生活に、結果が出ない生活に命を燃やして、自分なりにモチベーションを見つけて、それが他人に理解されなくたって、いいと思うのだ。

そういう夢を追うこと自体がビジネスモデルになっているような気がして、あまり気が進まない。専門学校も、大学も、夢を金に変えてるように見えてしまう時がある。別に行かなくたって出来ることはきっとあるし、人に頼らなくても、それでもやってしまう、熱狂できることこそやるべきだと思う。学校に通っている人に限って、理解されやすいアートに手を染めて、お金に変えやすいアートに手を染めて、あまり大きなイノベーションが生まれていないと思う。ただ模倣するだけのアートならAIで十分なのだ。美味いチェーン店と変わった高級店なら、変わった高級店の方が価値があると思う。

俺は今後アートをするとしたら、変わった高級店を目指していくだろう。それも地道に淡々と、自分の信じる道を進むのみだ。